くらす

本物の素材を選ぶ。

人間は自然から何を学ぶのか?大地は怒ってるのだ。

August 20, 2019

5年前の今日、8月20日、
広島市安佐南区八木地区を中心に起きた、
大規模土砂災害。


5年前の前夜の、純情ではない土砂降りの雨を思い出す。


こういう土砂災害が起きると、
天災、自然災害だから仕方がない、と言われるが、自分のように、人間が自然の摂理に逆らってきた結果に起きた、人災だと考えている人も、少なからずいるも思う。


災害が起きた直後から、この土砂災害現場を、何度となく見てきたけど、現地に立って、周りをじっくりと見渡してみると、人間が、自分たちの都合だけで、長年に渡って壊してきた自然を、自然が自らの自浄作用により、元に戻しただけのこと、ということが、だんだんと分かってくる。


でも現代の(あえて現代のと書く)人間は、またもや、この自然の摂理を無視して、何も学ぼうとせず、この地に、膨大なお金と時間をかけて、たくさんの砂防ダムを作り、元通りに戻そうとする自然をどんどん痛めつけていく。


今朝も、朝からこのニュースがテレビ、ラジオで流れているけど、
この5年間で、99基の砂防ダム建設が計画され、すでに96基が完成しているというから、何ともやらせない気持ちにはなる。

国や、大学のお偉い専門家と言われる人たちは、いったい何を見て、何を自然から学んでいるのか。


災害が起きた直後に、八木地区の土砂が流れた上に登って見たとき、ある自然の摂理に詳しい方が教えてくれた。


昔の人間は、ちゃんと自然の摂理、自然の流れを本能的に分かっていて、家も建てていたし、
自然に逆らうことなく、暮らしの営みをしていた、と。


確かに流されたところを、上からじっくりと観察してみると、古い家はきちんと残っている。

 


龍のように曲がりくねって流れた土石流の跡、水の通り道を、きちんと外して家が建てらているのが、よく分かる。

雨が降ると、降った雨水は、山の上から下の川へ流れていくというのは、自然のこと。
土の中には、水も流れているけど、空気も流れている。


それを、人間の勝手な都合で、水の流れ、空気の流れを留めて、道路を作ったり、保水するための木を、必要以上に切り倒して、大規模な宅地造成したりして、家を建ててきた。

ありからの異常気象で、あれだけの大雨が降ると、当然のことながら、雨水も、空気も行き場を失って、土石流のごとく流れるのは、あたり前のことである。

自然が、元に戻したのだから、人間が余計なことをせずに、放っておけばいいのに、またもやその流れを留めるための、砂防ダムを作る。




いくら人間の技術が進歩しても、大自然のパワーには、勝てないということを、もういい加減気づかないといけない。

いや、もしかしたら、気づいているのに、
技術開発を示すため、経済優先のために、
自然を壊し続けないといけない、
現代の人間の悲しい性なのもしれない。

この膨大なお金と、時間をかけて作られた、
たくさんの砂防ダムでは、自然の摂理を留めることはできない、ともっとたくさんの人に気づいてもらい、壊した自然を元に戻す生き方、暮らし方を選んでもらいたい、と切に願う、5年目の雨降りの朝です。

そうしないと、土砂災害で犠牲になった方々の魂が、いつまで経っても救われないと思うのです。

心より合掌。 

 

 

 

 

 

 

 

 

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